香料として利用されるバラは主に2種類。ブルガリアやトルコのダマスクローズ、フランスやモロッコのセンティフォリア。水蒸気による蒸留抽出(釜ゆでにして上澄み液を採取する方法)が可能なブルガリアローズは世界最高峰の香料用オイルとして揺るぎない地位を確立しています。
かつてトルコ支配下にあったブルガリアではイスラムの宗教儀式としてローズウォーターが重宝されることからバラの栽培が開始されました。現在でもブルガリアローズオイルは ローズオットー(Ottoはオスマン帝国を現す言葉)と呼ばれ当時の名残が偲ばれます。
ローズウォーターの製造がもともとの目的だったこともあり同時に精製されるオイルはそれほど重宝されませんしたが、近世に入りヨーロッパ上流社会でローズオイルを香水として使用することになり需要は逆転します。
世界のローズオイルの80%を供給するといわれるブルガリアローズの人気は衰えることなくますます需要が高まっています。正確な数字ではありませんが1キログラムのローズオイルを精製するために200万本のバラの花が使用されるといいます。気の遠くなるような数のバラは現在でも手摘みで行われます。もっとも香りがこもる夜明け前に家族総出で畑に繰り出す光景は「バラの谷」の風物詩です。
共産体制下、コルホーズという集団農場体制で運営されていた農園は、89年の自由化後個人経営に移行しています。第二次世界大戦まで土地はもともと農家のものでしたので半世紀後に元の姿にもどったといえますが、返還の過程で農園は荒れ栽培や蒸留のノウハウが消失し、バラ生産は落ち込んだと言われます。オイルの品質管理体制にも影響が及んだようです。
ブルガリアは、日本の政府開発援助(ODA)対象国として東欧では最後の国です。支援プロジェクトに参加経験のある豊玉香料株式会社常務の○○さんにお話を伺いました。
---おもしろいことにローズオイルの生産量は聞く人ごとに様々な意見があります。ある人は1トン、ある人は800キロと答えます。ソフィアの国立バラ研究所で、かの有名なネノフ所長に聞くと一時500キロまで落ち込んだ生産量は近年1トン程度までに回復しているということです。
---しかし、現在でもバラ園経営から撤退する農家があれば、一方ではビジネスチャンスとして参入する農家もあります。私が知る限り農家の人たちがその栽培方法に関して行政や専門機関などから組織的にサポートを受けることなく、見よう見まねでやっている印象を受けます。
---また集団農場体制の頃は、国立バラ研究所で比較的厳密に管理されていたブルガリアローズオイルは現在一部のオイルが全国の蒸留所から独自に放出されることにより品質や流通の管理に危うさを感じることもあります。そういう意味で、現在はまだ集団農場から個人農場への過渡期です。EC(ヨーロッパ共同体)加盟も直前に迫り今後も変化していくと思います。
今後ブルガリアローズはどのような方向に進むのでしょうか?
---現地の農家の方々には自分たちが世界最高峰のローズを栽培しているという認識が薄いかもしれません。未だ放置されたローズ畑も見受けられ、また生産量を上げてきたイランやモロッコ、あるいは中国など新興のローズオイル産地に対する警戒感も高くありません。
---しかし「バラの谷」という、ダマスクローズにとって最高の土壌と気候に恵まれ、また何より「ブルガリアローズ」という確立されたブランド力は大きく今後もブルガリアがローズオイルのトップブランドであることに揺るぎないと考えています。
---逆にトップブランドであるがゆえに、さらに高品質のオイルに生産などに注力するのがよいのではと考え、たとえば白バラであるアルバ品種のオイル生産を提案したことがあります。現地の人には捕収率の悪さから商品にならないという気持ちが強いようですが、そういう超高級品への取り組みもブランドを守るために有効と思います。
武蔵野ワークスではさまざまな香料をさまざまな香料会社さんから仕入れていますが、天然香料を仕入れる際、それが本物かどうかあるいは不純物が混入してないかどうかなど大変神経を使います。ブルガリア産ローズオイルと他の地域で採れたオイル、あるいは合成香料との判別は可能でしょうか?
---ある成分だけを取り出してそれが合成かどうか、他産地のものかどうかの判別は不可能です。しかし、オイル全体として、それがブルガリア産か、あるいはトルコ産、中国産かなどはわかります。具体的にはガスクロで成分分析を行うとブルガリアローズ特有のピークと曲線があるからです。
ガスクロとは、ガスクロマトグラフと呼ばれる成分分析機です。大変有名な分析機で化学関連研究所などには必須のツールですが、相当奥が深く専門的知識と経験が要求されます。仮にこの高価な分析機を駆使してもブルガリアローズの判別には役に立ちません。
分析結果から出される曲線に対してそれがブルガリアローズかどうかを見分けるノウハウが必要だからです。豊玉香料では長年の分析からブルガリアローズオイルの判別にスキルとノウハウを獲得されているようです。
豊玉香料さんは、過去30年以上ブルガリアローズと深い関わりのある香料会社さんとして業界では有名ですが、御社とブルガリアローズの関係をお聞かせください。
---もともと米国のディーラーを介して取り引きしていましたが、現在では三菱商事さん経由です。私どもは原料メーカーなので自社ブランドでローズ製品の商品化にはあまり注力していませんが、取引先化粧品会社さんの旺盛な需要に応じてローズオイルを継続的に仕入れています。
香料会社といっても得意とする分野や商品があります。豊玉香料といえばどちらかというとケミカルに強い印象がありますが、ことローズオイルに関しては日本のパイオニア的な歴史と実績があります。三菱商事・豊玉香料・資生堂というラインが日本のローズ香水を支えてきたと言っても過言ではないと思います。
現地でのローズオイルの管理体制について教えてください。
---基本的には全国のローズは各地の蒸留場で蒸留され、オイルは首都ソフィアにあるブルガリア国立バラ研究所に集められます。オイルは厳しい成分試験を受けます。合格すると専門のブレンダーによってブレンドされタイプ1、タイプ2、タイプ3と3種類に分別されます。ブレンドには長年のカンとスキルが要求されるようですよ。それぞれフランス向け、フランス以外のヨーロッパと日本向け、米国向けとなりますが、それはもともとそういう意図で分けられたわけでなく、各国のバイヤーが長年買い付けた結果、好みがその方向に分かれたようです。
バラ農園はどんな感じですか?
---農園では家族総出で摘み取りにでますが、それだけでは間に合わず季節労働者が参加します。私も見てきましたが、ジプシー風の労働者が働いていました。朝の農園では摘み取られたバラが秤にかけられ収穫高に応じて料金が支払われる光景も目にします。民族衣装を着た娘さん達が楽しいそうに花摘みをしている観光写真はよく目にしますが、当然現在ではあのような衣装は着ないし昔でも摘み取りにあのような衣装では行かなかったと思います。
豊玉さん自体が農場を経営する、自分たちで蒸留するという深い取り組みは考えられますか?
---フランスの香料会社の中には自分たちで農場を経営しているところもあると聞きます。自分たちで農場まで経営できれば理想的ですが問題もあります。文化の違いが大きく経営資源の問題もあります。そもそも農園経営がビジネスに見合うかという問題があります。東欧というかなり遠い国というだけでなく、旧共産国家という長年政治的に分断されてきた人々とのビジネス感覚には相当違うものがあります。現地の方々の理解を得られる農場を経営し、かつビジネス的に見合う状況を作り出せるかかなり疑問です。
---資生堂の担当者の方とローズ畑を視察に行ったとき冗談交じりにバラから育てられるのはどうでしょうか?と問うと、荷が重いな、と軽くかわされました。化粧品会社さんにとっても農園経営は大きなリスクでしょう。
これほど人気が高いブルガリアローズですから、たとえば、手っ取り早く事業を売買しがちなアメリカ資本など入らないのでしょうか?
---世界的に人気の高いブルガリアローズオイルですが、ビジネスの規模としては巨大資本が投資するには面白みにかけます。
ワインに惚れ込んだ日本人がフランスやオーストラリアなどで畑を買収して自分で畑作りからワイン作りを始めるという話しは聞きますが、ブルガリアでバラ畑を耕している日本人の話は聞いたことがありません。おもしろそうですが、困難も多そうです。
最後に今後ブルガリアローズに関してどのような取り組みをされていきますか?
---今まで同様、継続的にオイルを日本市場の導入していきたいと考えています。また近年ではローズオイルはサプリメントや健康食品として需要が高くこの市場に対する対策を練っています。また、仕入れ方面に関しては、新興のイランや中国のローズオイルのウオッチを続けたいと考えています。実際現地に調査に赴くこともあります。ローズは今後さらにおもしろくなりそうです。
ローズオイルを使用した製品展開をされているトヨタマ健康食品の橋本さんにお話を伺いました。
トヨタマ健康食品は、豊玉香料の子会社で親会社が大量に扱うブルガリア産ローズオイルを利用して自社商品あるいはOEMとしてローズオイル食品を製品化されている会社さんです。豊玉香料さんとは補完関係にあります。ローズオイルを食品に応用しようという発想はすばらしいと思うのですが、誰が思いついたのでしょうか?
---ローズを食品に応用することは小さなブームです。ローズを食すること自体は、たとえばローズジャムなど昔からあるので特別なことではありませんが、4〜5年くらい前から日本ではローズオイルをそのままカプセルにくるんで飲むという商品がでてきて消費量はどんどん上がってきています。化粧品にするより食べる方が消費量ははるかに伸びますから。
---当社でもOEM製品ですが『ローズブーカ』という商品を生産しています。ローズオイルそのものは強烈な芳香のためとても直接飲めるものではありません。ローズブーカはブルガリアローズ・オイルをブドウ種子オイルやローズヒップオイルなどと合わせてゼラチンでくるんだだけの素朴な商品ですが、飲みやすく携帯しやすくした商品です。ローズの芳香が口や体から広がるので多くのファンに愛されています。
たとえば?
---広い層の消費者の方々に支持されていますが、販売業の方やおもしろいところでは飲み屋の女将さんやクラブのママさんなど、接客業の方に評判がよいようです。ある意味ビジネス用途の使用方法です。素敵な香りがほのかに漂いますからお客さんの印象も上がると思いますよ。
もし商品が素朴で技術的にも比較的簡単に製造可能としたら御社の競争力はどこにありますか?
---当社の競争力は良質なブルガリアローズ・オイルの仕入れルートと基礎研究力にあります。バラには民間伝承的に様々な効能が語られてきました。医薬品ではないのでそれらを全面に出すことはありませんが、ローズオイルが健康に役立つというウワサにきちんとしたデータでウラを取る必要があります。手前ミソな実験ではなく客観的でなければなりません。
---本物のブルガリアローズかどうかという原料の分析からはじめ、期待する効果の裏付け実験や効果を発揮する摂取の仕方や摂取量のガイドライン作成まで、専門の部署を設けて取り組んでいます。それは開発コストとして企業にとっては大きな負担ですので健康食品メーカーがそこまでやるのは大変なことです。これが当社の特色であり競争力です。
●豊玉香料株式会社常務の○○氏●ODA関連の支援プロジェクトに参加経験があり何度となくブルガリアへ●「現地では共産体制から自由主義体制への移行に伴いバラ園経営も変化しています」
●国立バラ研究所の署名が入ったブルガリアローズ●研究所に集められたオイルは成分分析を受け、合格したもののみが「ブルガリアローズ」として認定され、複数人数立ち会いのもとで封印される
【企業データ】
●豊玉香料株式会社
東京都中央区日本橋蛎殻町1-14-5
Tel.03-5640-5511
http://www.toyotama.co.jp
●トヨタマ健康食品株式会社
東京都中央区日本橋蛎殻町1-38-12
油商会館5F
Tel.03-3663-0007
http://www.kenkoshokuhin.jp
| 「香る生活」のトップ | |
Copyright ©1996-2008 Musashino Works Inc. |