国内屈指の香水瓶コレクションを誇る湘南江ノ島香水瓶美術館
ラリックとコティが生み出した香水瓶に魅せられて・・・


(注)「香る生活」WEB版では、取材対象者の個人名は「○○」にて代用されている場合があります。ご了承ください。

もともと宝飾デザイナーとして頭角を現したルネ・ラリックは、現在では香水瓶デザイナーとしても不動の人気があります。2006年11月、米国で行われたオークションでラリックの香水瓶(Resor de la Mer)が2千5百万円で落札されるというニュースが流れ世界中のコレクターに希望と失望を与えました。

多くのコレクターにとっては失望の方が大きかったかもしれません。ルネ・ラリックを愛するコレクターはそのデザインに惚れ込んで地道にコツコツと作品を集めてきましたが、このようなニュースが流れるたびに投機目的の資本も流入し敷居が高くなっていきます。そんな人気のラリックの香水瓶を長年収集し300点以上の作品から一部を一般に公開している「湘南江の島香水瓶美術館」のオーナー○○さんにお話を伺いました。

ルネ・ラリック(Lalique)のコレクションをはじめるきっかけをお話しいただきました。

----80年代、私は絵画を集めていました。ほとんどが人物画で、特に有元と金子国義が好きでた。金子の良い物を集めるには私の世代は遅かったのですが、かなり良い物を集める事が出来たことで「私には良い話が、一番に来る」という自信が芽生えていたました。当時お付合いしていたのが渋谷西武さんでした。当時の渋谷西武さんは新進的な流行発信地で、そこで多くの優れたクリエイターを知り、素晴しい作品と出会う事が出来ました。

ちょうどその頃家を建て替える事になりランプで、出窓を飾ろうと表参道のハナエモリビルの地下にあるアンティークマーケットでガレとドームのランプを購入しました。仕付けてみるとその古いランプが部屋中に醸し出す味わいに魅了されました。それを見た渋谷西武の方が「そういうのが好みなのか」と後日アンティーク部の方を連れてこられ、たまたまお持ちだったラリックの香水瓶を購入しました。実は、そのときはお付き合いという感じで買ったと思うのです。

そのとき私は、ルネ・ラリックという今から100年前に活躍した作家を初めて知り、彼の香水瓶の持つ独特な雰囲気に惹かれ少しずつ買い集めていきました。

3年後の1990年に白金の庭園美術館で、ラリックの香水瓶展が開催されました。香水瓶しかもラリックの香水瓶だけの展覧会は日本初で、美術館に生まれ変わった旧朝香宮邸の長いアプローチを大半は女性の客の列がえんえんと目黒通りまで続くという大人気の展覧会でした。数珠繋ぎの人混みの中、皆初めて見るラリックの香水瓶の美しさに真剣な面持ちで見入っていたのが印象的でした。そのとき買った展覧会カタログは、その後の私のコレクションのバイブルになりました。


収集のテクニックとはどんなものでしょうか?豊潤な資金でもって力任せに収集可能な人が必ずしもよい作品を入手できるわけではなさそうです。よい作品が市場にでてくる幸運と、さらに、よいものがでたときにお金をもっていなければならないというタイミングがあります。このいくつかの幸運の連鎖が必要。たとえば、以前たまたま欲しい作品が出てきたときに、たまたま田舎で道路建設の話が持ち上がり、土地を売ってその作品の購入代金に代えたという経験もあるそうです。「庶民ですので、やりくりしながら集めています」と、にっこり。

収集活動に運はつきものですが、○○さんが指摘するもう一つの条件は「腕のいいディーラーと知り合いになること」。信頼できるディーラーに知り合いになること自体、幸運の賜ですが、そういう人々の存在なしには世界中で眠るよい作品に巡り会えません。○○さんには知り合いにイスラエル人ディーラーがいて、この人物がもたらす情報に大変助けられているそうです。このディーラーは昔手っ取り早く資金を作ろうと低気圧の墓場といわれる危険なベーリング海でカニ漁船に乗りお金を稼ぎ、ラリックを研究し、短い期間でラリックの第一人者と言われるほどになった人物で、現在100点近くのラリックのジュエリーを所有する異色のラリックコレクターでもあるそうです。

○○さんはラリックならなんでもいいというスタンスで収集しているわけではなくターゲットにする作品はある程度目星をつけディーラーに話しておくなり米国ラリック収集家コミュニティなどにも情報のアンテナを張っています。香水瓶のためのオークションが毎年ジュネーブ、ニューヨークなどで開催されておりそれもよい情報収集のための機会になるそうです。

さてラリックは始めてという人のために少し解説します。ルネ・ラリックは仏ガラス製品メーカー・ラリック社の創業者でアール・デコ時代の代表的工芸・宝飾デザイナー。コティ、ゲラン、ニナ・リッチなどの香水メーカーの香水瓶を制作。ラリック社は現在でも化粧品容器・香水ビンの世界的大手ポシェ社傘下で芸術性の高いガラス器の制作を行っています。ラリックは、もともと宝飾デザイナーだったためそれらの作品も数多く残されていますが、○○さんは香水瓶に特化し、しかもフランス屈伸の香水商コティとの間で生まれた作品に魅力を感じています。

フランソワ・コティによって設立されたコティ社は現在でも存続するフランス大手化粧品会社です。コティが、ヴァンドーム広場(パリの有名な広場。官庁、宝石商、ブティックなどが並ぶ)のラリック工房の隣に店をオープンさせたことで物語が始まります。コティが、ラリックにバカラ製香水瓶用のラベル制作を依頼し、次第に香水瓶そのもののデザインを依頼するようになります。当時すでに名声を得ていたラリックのデザインにも助けられたことでしょう。コティ社は香水メーカーとして短期間に空前の大成功を収めます。

類い希な商才を発揮するコティは王侯貴族を顧客に抱える一方、庶民にも手の届く商品展開を行うため香水製造の量産体制を敷きます。ラリックも量産には理解があったと言われます。香水は現在でも他の商品と一線を画して特別な存在ですが、香水が量産品でありながらどこか芸術性を感じさせる一因は、コティとラリックの出会いも大きかったでしょう。

○○さんは、香水瓶だけではなくラベルやパッケージにも関心があるといいます。しかし、紙類は保存性が悪いためなかなかでてこないといいます。


美術館内を拝見すると、それまもう圧巻です。アール・デコ、アール・ヌーボーを代表するラリックは人気のデザイナーなので日本でも比較的多くのラリック関連美術展が開催されていますが、私が見た中では一番圧倒的なコレクションでした。美術品が本物と写真では迫力が違うことを思い知らされる展示です。一つ一つの作品については多くのラリックファンが語ってくれると思いますので、ここでは視点を変えて美術館経営について少しお話いただきました。

湘南江ノ島香水瓶美術館は完全にプライベートに運営されている美術館です。美術館として広く一般のお客様に作品を公開することは様々なメリットとデメリットがあると思いますが、苦労はないのでしょうか?

「あと2年で設立10周年になりますが、それを契機に美術館の今後の方向性を考えたい」

現在の一番の悩みは「盗難」。まだ被害に遭ったわけではありませんが、近年、ラリックはとにかく市場価値が上昇している上、それまで日本では珍しかった美術品専門の海外窃盗グループの流入も激しい昨今、セキュリティ関係に非常に慎重にならざるをえない状況です。警備会社との協議もされていますが、警備会社さんに美術品の価値や取扱を理解してもらいにくいためスタートラインから噛み合わないこともあるようです。

「本当は、美術館にしていなければもう少しコレクションは増えていたかもしれません」

と笑いながら語る○○さん。施設を維持することは並大抵のことではありません。コストとエネルギーを投入し続ける必要があります。ましてセキュリティ上の危険にさらされやすい状況ではセキュリティ負担も重くのしかかると予想されますが、ラリックの魅力を広く伝えたいとう○○さんの思い入れが伝わってきます。

美術館は、江ノ島電鉄江ノ島駅から江ノ島を結ぶメインの裏通りにあって、シーズンには原宿や渋谷を思わせるほど若者たちで賑わう観光スポットですが、ぶらりと入るお客さんよりは日本全国から美術館目的で訪れるお客様の割合の方がはるかに多いそうです。その何割かは何度か来館いただくリピーター的な方々で、そういうラリックファンの方々との交流も魅力のようです。



【データ】
※湘南江ノ島香水瓶美術館:
藤沢市片瀬海岸1-11-31
TEL:0466-54-2852
http://www.shonanbottle.com

●『コティとラリックの物語 魅惑の香水瓶』(里文出版)、○○さんの本と美術館のコレクション例


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