以前『香る生活』で登場いただいた日本フレーバー・フレグランス学院ですが、今回は学院さんが取り入れられた新しい調香師(*1)育成メソッドについてレポートします。
まずは日本フレーバー・フレグランス学院をご存知でない読者のために概要を少々・・・日本の香料産業は実質的に戦後始まりましたが、長い間、海外の香料会社から出来合いのベース香料を輸入する状況が続いてきました。しかし、健康問題の高まりなど受け、香料産業界では輸入主体の体勢を改め日本独自の香料製造技術や調合技術の確立が求められるようになってきました。
フレーバー・フレグランス学院はそのような気運の高まりを背景に設立された調香のための専門学校です。フレーバーとフレグランスに求められる技術は非常に似ていますが、欧米ではフレーバーとフレグランスは別のジャンルとなっており、フレーバーとフレグランスの両方を同時、かつ本格的に学ぶカリキュラムは世界的にも非常に珍しいと思われます。
小川・長谷川・高砂・曽田などの大手香料会社や、ロッテ・資生堂などメーカーのフレーバーやフレグランス部門・研究所などで活躍された講師陣を豊富に抱え、基礎理論から単品香料の記憶、2点アコード、3点アコード、ベース香料の調合といった実践的な実技が重視されるカリキュラムに特徴があります。
調香師になるためには最初に単品香料を多数記憶・識別する作業からアコードに入るのはパフューマーの本場フランスでも同じですが、忍耐を要求される訓練であるため敬遠されがちです。フレーバー・フレグランス学院が学生に敬遠されがちな訓練をあえて重視している姿勢からも本格的な教育機関であることが伺えます。逆に趣味程度に調香を学びたい方や香水やフレーバー業界の広く浅い情報を求める方には専門的すぎるかもしれません。
さて、学院の責任者である○○理事長に久しぶりにお会いさせていただくことになりました。新しい調香師養成メソッドを取り入れらたとのことなので、その内容をお聞きしました。
「現代は情報力の時代ですからね」
と、いきなりITカンパニーの社長のような発言からはじまりました。
---たとえば、ある不明な成分をガスマス(*2)にかけても少し前まで「UNKNOWN」(不明)という成分ばかりでしたが、現在ではどんどん情報が蓄積され成分分析も状況が変化してきています。これは香料産業界における環境変化の一例です。昔できなかったことが今はできるようになったり、昔不明だったことが今は解明されていたりするわけです。するとそこで情報を持っているかどうかが技術力や競争力の差となって現れます。
---香料技術者が一人前になるには10年と言われていたものです。現在、そんな悠長なことは言ってられません。下積みからはじめて一歩一歩学んでいくという姿勢も重要ですが環境が激変している現在では時代が違います。
---クライアントの要求がますます細分化・多様化していること、企業サイドはとにかく「即戦力」を求めていること、そのような時代の要請を考えると、もっと効率的でスピードアップでき、それでいて実践的なトレーニング方法が必要と感じています。
---今日ご紹介する「名香の系統的分析と徹底理解」というメソッドはその新しいトレーニング方法の一例です。「名香」という歴史に残っている香水の古典を徹底的に分析し学び応用するという考え方が基本となっています。
具体的には歴史に残る世界の名香30銘柄、最終的には50銘柄の処方を分析しながら記憶してしまうという学習方法です。単純記憶では絶対に覚えられませんのでトップノート、ミドルノート、ベースノートをいう香りのグループ分けを行い、それぞれのポジションに単品香料を当てはめた「系統的チャート」を作成して記憶してしまうというものです。単品香料の意味のない羅列からグルーピングによる意味づけを行ところにこのメソッドの特色があるようです。
調香師が作成した処方をご覧になった方ならご存知と思いますが、成分の記載方法に特にルールがありません。たとえば成分は配合割合が多い方からソートしてリストアップするなどのごく簡単なルールさえ存在しないようです。
「名香の系統的分析と徹底理解」というメソッドは、たとえば楽器ならコードとコード進行を繰り返し指に覚え込ませる、語学なら例文を徹底的に覚える、柔道や空手ならいくつかの動作パターンを型として繰り返し体に覚えさる、算数なら九九算を空読みできるようにする、といった訓練方法に似ていると感じるのは私だけでないかもしれません。修得方法としては古典的ですが多くの人にとって短期間で確実に成果が出せる手法です。
---名香の処方を記憶することの目的は、人類が到達した最も理想的な香りのフォーミュラをお手本として自分自身のメモリーに常駐させること。メリットは新しい処方に対しては理想的なフォーミュラとの対比で、それを理解し評価できます。また、クライアントの多様な要望には、自分の記憶しているフォーミュラからバリエーションを作ることで即座に提案なり解答なりが出せるという利便性です。
英会話するのにたくさんの例文を知っているのと同じくらい実践的な印象を受けます。現在、理事長はそのための教材作りに注力されていました。ミーティングテーブルいっぱいに拡げられた「名香チャート」は手書きでまだ制作途中とのこと。
また、このメソッドで香りの処方が記憶可能かどうか自分自身記憶の作業を実践し検証されているとのことでした。教材の開発と並行して一部、学生に対してメソッドの導入を進めており、学生たちは名香を相手に処方を読解記憶するという実技を行っているとのことです。
学生さんたちは新しいメソッドをどのように受け入れていますか?
---目を白黒させていますよ(笑い)。このメソッドの成果は200年の香水の歴史上、かってない無限の新しい処方の開発につながる可能性を秘めていると考えています。
教材が完成し、メソッドが確立するまでにはまだ少し時間がかかるかもしれませんが、このような新しいメソッドの開発は注目に値すると思います。
【武蔵野ワークスから補足】
名香の処方について補足します。名香の処方は公開されているわけではありませんが、長い歴史の中で調香師がプライベートに処方の一部を友人や知人に教え合うということもあれば、それが調香師ネットワークに流れるという例もあります。また、機械による分析で推測する場合もあります。一般には入手が困難ですがフランスでは名香の処方を集めた本もあるそうです。仮に100%オリジナルの処方が公開されたとしても製法や原料の入手ルートなど様々な要素から考えてもまったく同じ香水を製造することは不可能です。
(*1)調香師とはフレーバーリスト(食品香料技術者)とパフューマー(香粧品香料技術者)をさします。
英語では日本語の「調香師」のようにフレーバーリストとパフューマーを同時に意味する言葉はありません。
(*2)ガスマスとは、ガスクロマトグラフ質量分析計(Gas Chromatograph Mass Spectrometer)の略。
ガスクロマトグラフ(GC)と質量分析計(MS)が一体化した分析装置で、気体成分の分析に利用される。
●ミーティングテーブルいっぱいに拡げた名香チャートとそれを見入る理事長●「結局、各自が苦労して覚えるしかありません。たとえば通学時の電車の中などで・・・その結果、一生使えるテクニックが手に入るなら苦労する価値はありますヨ(笑い)」
【学校データ】
・日本フレーバー・フレグランス学院
・http://www.niffs.com
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